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    1か月の無職生活に入りました。

    2015.04.06 Monday 22:47
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      今回は、記録に残すための日記です。

      また長文になる予定です。

      それでも見ていただけるなら幸いです。























      4月からお休みをいただいております。

      別に悪いことをしたわけでも

      病気になったわけでもありません。

      昨年6月に施行された

      「同行休業」という制度を使い

      家族全員で妻の研究留学についていくと決めたからです。

      (「同行休業」の制度自体を詳しく知りたい方は、ググってみてください。国家公務員も地方公務員も施行されましたので、情報は結構アップされています。)























      正直、教育公務員の僕が同行休業という形をとることは

      復職ができる以外のメリットはなく

      (実は同行休業の制度が施行されなければ、退職を余儀なくされていたのです。)

      年金や保険は自己負担、給与は出ない、昇給はないなど、僕自身にとっては何の保障もなく

      ハイリスクであることは間違いありません。

      正直、妻に単身で飛んでもらい、ぼくと子どもたちが日本に残るということも考えました。

      そちらの方が様々なリスクを分散できるというのも想定していました。

      しかし、それでもなぜ、僕たちは「同行休業」という選択肢を選んだか。

      それは、至極簡単です。

      極力、妻と子どもたちを離したくなかったからです。

      きっと、子どもたちは離れることに慣れてくることもあるでしょう。

      でも、まだ幼い子どもたちの心のどこかで引っかかるものができ

      その精神的不安定要素が

      子どもたちの成長段階で悪影響を及ぼすと考えたからです。

      だったら、苦難も幸福も家族もみんな一緒に生きていきたい。

      そういった思いでいます。

      幸い、家族全員で人として最低限生活できるくらいの蓄えはしてきたので

      お金のリスクは回避できそうです。























      実は、前任校を2年前に異動(男性の若手では異例の3年での異動です。)したのも

      妻の研究留学が時期的に近いことに起因していました。

      2年前だとまだ同行休業が施行されておらず、退職の際に発生する様々な事柄など、所属母体に変な前例を作って迷惑をかけるのは申し訳なかったので

      管理職の方に無理を言って早目に一般校に落としていただきました。





















      おかげでどうにか8年の教員生活、僕にとっての第1章の幕を閉じることができました。

      振り返ってみるといろんなことが走馬灯のごとく駆け巡ってきます。

      初任校は西の方。

      1年目は4年生。(今年は高校3年、受験頑張れ。自分をギリギリまで追い込めれば勝ちだ。)

      2年目は3年生。(今年は高校1年、スタートダッシュが肝心。そして一生の仲間を作れ。)

      3年目も3年生。(今年は中学3年、受験では、自分の弱さをまずは認め、弱さに負けるな。)

      2校目は中央部(陸の孤島。)。

      4年目は5年生。(今年は高校1年、新天地での活躍を祈る。君たちならうまくやれるはず。)

      5年目は2年生。(今年は小学6年、学校のリーダー、顔は君たちだ。リーダーシップを十分に発揮してほしい。)

      6年目は4年生。(今年は中学1年、部活と勉強の両輪をしっかりとし、中学校生活を有意義に過ごそう。)

      3校目は中央部。(こちらは陸の孤島ではない)

      7年目は6年生。(今年は中学2年、中弛みの時期だが、撓まず励め。僕が1年かけて厳しくしたのには理由がある。)

      8年目は担任外、理科専科。

      なぜか最後の一年は特殊な立場で最初は戸惑いましたが

      いろんなクラスの学級経営に携わったり、縦を意識した学習指導を行ったりするなど、貴重な体験もすることができました。

      ここまで支えてくださった教職員の方々や子どもたち、保護者の皆様、いつも一緒にいてくれた家族のみんなにも、この場をお借りして、厚く御礼を申し上げます。

      (終)




















      【追記】

      ちなみに

      もしも、僕らが2年後に帰ってくるとしたならば

      僕は、母校がなくなる最後の年に

      母校で教鞭を振るうことができます。

      それは僕の積年の夢でした。

      うちの三兄弟、親父が通った母校。

      そこから僕の教員生活第2幕がスタートします。

      後輩を育てる。

      そんな大切な役目を僕に与えてくださる神様。

      本当にありがとう。




















      【追記2】

      4月から海外に行く予定だったのですが

      実はまだビザが下りていません。

      多分今週末か来週頭にパスできると思うので

      いよいよ出発が現実味を帯びてきます。

      4月下旬から5月始めになると思われます。

      GW外さないと、航空券が高すぎて高すぎて…

      ここでの出費はきついので、まずは日本での節制を心がけたいと思います。

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        Comment
        感動。゚(゚´Д`゚)゚。
        • y.o
        • 2015/04/06 11:56 PM








           
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