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    僕が僕であるために。

    2014.02.02 Sunday 09:04
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      初スキーが本市スキー連盟の大会のお手伝い。

      しかも、きっと板は履かない。

      インスペクション前で暇。

      今年もろくに滑れないろっぽんぽんです。










      前回の日記ではちょっと暗い自分が出てしまいました。

      いつもネガティブではありません。

      喜怒哀楽が激しい人間なのです。

      ただ、この日記には、僕が生きた印を残したい

      そう考えています。









      唐突ですが、みなさんは『自分らしさ』に気づいていますか?

      また、どんなところが『自分らしさ』だと感じていますか?

      僕は、『自分らしさ』がないことを

      中学二年の時に初めて気づきました。

      あれは、生徒会の副会長に立候補した時のことです。

      一中に限らず、どの学校もあるとは思いますが

      選挙の前に、全校生徒の前で所信表明のようなものを行います。

      放課後、その内容を考えているのですが

      なかなか文章が書けませんでした。

      それもそのはず、

      だって、元々副会長になろうなんて思ってもいなかったから。

      学校をよりよくしようだなんてさらさら思っていなかったから。

      ただなんとなく、成績がよくなるから、ちょっと響きがかっこいいから。

      なったら、親とかちょっと喜ぶかなって。

      そんなレベルでした。

      しかも、放課後発表原稿を考えるために部活をサボれるから。

      結局自分のことしか考えていなかったのです。

      そんなやつが、学校のためにできるなんて考えられるわけもない。

      校舎の上から適当にテニス部の気になる子に声をかけたり

      友達とだべっているだけで時間を過ごす日々が続きました。

      そして全校集会当日。

      周りの候補者は、長々と講釈を垂れていました。

      当の自分はというと

      具体的な政策は一切なく

      『学校のために頑張ります』だの

      『よき伝統を守り』だの

      思ってもいないことをベラベラと喋りました。

      しかし、全然考えていなかったし、読む練習すらしていなかったので

      途中でつまるわ、原稿用紙一枚分しかないわで、最悪の発表。

      子どもながらに、酷いな俺、と思いました。

      結果は落選。

      落ちてショックでしたが

      はっきり言って俺みたいな中身のないやつが当選するはずないと高を括っていたところもあったので

      飄々としていました。

      周りの方がきっと気を揉んでいたんだろうな、とは思いますが。

      その時、『自分らしさ』というものが

      僕にはないと断定できたのです。

      なんとなく医者になりたくて

      なんとなく野球をやっていて

      なんとなく勉強をしていて。

      そこには強い思いなんてものは存在しなかった。

      体裁だけを取り繕い

      うまくいったら自分のおかげだと吹聴し

      失敗すれば自分以外の何かに責任を押し付け。

      やればできるから、今はやらないって。

      そんな薄っぺらい人間でした。

      だめな人間でした。










      今考えると

      『自分らしさ』なんてものは

      いつまでも探し続けるもので

      一つに定められるものでもありません。

      あの怠惰な自分の姿は

      あの青春時代に

      僕なりに一生懸命考えた結果であると

      今の自分は理解してあげたい。









      なぜ、今思い出したかというと

      今受け持っている子どもたちの

      成長した部分と

      小さい頃から変わらない部分を

      思い返していたから。










      彼らに伝えたいことは山ほどある。

      それを残りの1か月強の期間に

      できるだけ伝えていきたい。

      今は意味がわからなくとも

      未来の彼らにはきっとわかるはず。

      その場面になって初めて気づくのだろうな。

      それでいい。

      教員の教えることなんて

      大人になればほぼ何も残らない。

      そんなもの。

      でも、残った部分、それこそが

      教育なのです。

      人としての本質を創り上げることが

      僕たち教員の仕事。

      明日からまた学校が始まります。

      待ったなしの毎日。

      ただ流れるのではなく

      時には岩や防波堤、ダムとなり

      海に出るための準備をしてやりたい。

      まとまりのない感じですが

      自分はそういう人間ですので

      それでいいと思っています。

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      2019.02.21 Thursday 09:04
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        Comment
        なんというか、私のとある友人のことを思い出しながら『そうだったんだね』と『そうだろうね』を合わせた変な心持ちで中学のエピソードを読んでいました。
        いや、しかしね、中学なんてのは本当に発展途上で、早熟な奴はいっちょまえの信念で、自分を持っていて、しっかりしてるだろうが、大半はそうはいかないのが現実だと思いますよ。
        少なくとも中学の私は後者の『大半』でしたね。

        冒頭で書いた私の友人も中学のとき生徒会立候補して落選した現役教師なんですがね、彼は大学ですごく自分の世界観をもったのではないかなと思っているのです。私が彼と最も離れていたのがその間です(笑)
        申し訳ない、今でも彼が真面目な話をしているのを見ると『あのふざけた、ちゃらんぽらんが!冗談で言ってるのかな』と思いかけます。実際くそまじめで言ってるのも最近はわかっているので、そこは勘弁してもらうとして(笑)
        どれくらいふざけたやつだったかって、昔、あまりにふざけた彼にいらだって、彼のこめかみに割り箸をつきたてたくらいです。(…いまだに後悔していますが。自分のなかに住む狂気にたいするトラウマになってます。)
        そんな彼が今は立派に教育について考えています。

        誰しもターニングポイントになるきっかけはあるはずですよね。シグマさんは何がきっかけでした?
        その本質的なものが分かれば、今の教え子たちに気づいてもらう手段も自ずと見えてくるのかもしれませんね!

        素人がえらそうに失礼しました。
        • 教師になりたかった薬剤師
        • 2014/02/02 11:42 PM








           
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