スポンサーサイト

2019.02.21 Thursday
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    category:- | by:スポンサードリンク | - | -

    自分を超える子どもを育てるために必要な三つのこと。その2~解決編~

    2017.02.09 Thursday 06:46
    0

      では、どうしたら自分を超える子どもを育てることができるのでしょうか。

      三つの原因に対応させながら、三つ示します。

      (1)自分が想定する子ども像を明らかにすること。

      前述した「よりよく学び、なかよくする子」を通して考えてみましょう。
      例えば「学ぶ」。
      これを「自ら問いを生み出す」と捉えます。
      授業レベルだと、
      「あれ?このA問題はAという方法で解けたけど、もしもB問題のようなものでもAという方法で解けるのかな?」
      「Cという実験をしたら、結果はDになった。でも、これだけではEとはいえない。もう一つ実験をして確かめたいな。」
      などのように、学んだことをもとに、その先に何が見えてくるか、を大切にしていきます。

      この「学ぶ」力、つまり私の考える「学力」は、「問題解決能力」の先にあるものです。
      答えのない問題をどう解決していくかも重要ですが、その諸問題をいかに見出していくかがこの未来を生き抜く力になると考えています。

      ここでは一部分のみをピックアップしましたが、このように、まずは自分の思い描く子ども像を具体的に考えていくことで、自分の教育観を見つめ直すよいきっかけになると思われます。



      (2)目の前の子どもが自分の想定する子ども像を超えた際に、どう対応するか考えること。

      さて、上記のような子どもをそもそも想定していないに、どう対応すればいいのだ!?と怒られそうですが、そういうことではありません。
      私なら、どんな発言でもまずは聞いてみます。
      その際、「面白そうだな。聞いてみる価値はありそうだな。」と言う、もしくはそういった態度を表します。
      そうすることで、周りの子どもたちも巻き込んでいきます。
      話している中で、自己解決するときもありますから、そういう時は「いろいろと考えられたね」と褒めます。
      話がまとまらない時、話がそこまで広がらない時には、周りの子どもたちに「Aくんは何が言いたかったかわかった?」と振り、話を整理していきます。
      話の内容が深くなりそうな時には、食い気味に話を聴きながら板書していきます。
      他の子どももメモを取り始めることもありますので、そういうこともどんどん勧めます。

      ここから生まれる問いは結構重要だったりします。何度も私自身の学びにも繋がっていったことがあります。

      (3)教師自身が子どもたちの多様性を許容すること。

      「方法」で縛ってはいけないと前述しましたが、これは何でもバラバラにやってもいい、というわけではありません。
      これは、あくまでも「目的」が重要である、ということをどれだけの子どもたちに浸透させられるかが鍵になってきます。
      例えば、「あいさつ運動」を通して考えてみましょう。
      様々な実践がありますが、
      「この運動を、この何週間の間に、各クラスで朝、校門の前に立ってあいさつをしてください。」
      と児童会からトップダウンで行われることが多いように感じます。
      しかし、これだと「方法」であるはずの「挨拶をすること」が目的化してしまっています。
      これではいけません。
      まずは、「なぜ、挨拶をするのか」「どうして挨拶をしなければいけないのか」「挨拶をするよさは何なのか」をクラス内で共有する必要があります。(まずは児童会で話し合われるべきです。)
      そして、クラス全体でやること、子どもたちそれぞれの役割を決めていく、という手順を踏んでいくことが重要です。
      全員が玄関に立つ必要なんてありません。
      どうやって挨拶を通して、
      その後、各クラスで取り組まれた実践を、児童会の子たちが観察し、「いい取り組みだったで賞」などと表彰していくなどと、子どもたちそれぞれの思いを大切にしながらよりよくしていけると最高ですね。

      このように、しっかりと目的を共有し、それに向かってそれぞれが取り組めるようにし、評価していくことを繰り返すことで、自己肯定感を高め、自信をもって様々なことにさらに取り組めるでしょう。
      そして、私たち教員を遥かに超えていく人材が育っていくことと思います。

      改めて読んでみると、まとまりのない文ですね。
      一つ一つの実践が子どもを高めてくれることを信じて、今後も続けていきたいと思っています。

      自分を超える子どもを育てるために必要な三つのこと。その1~原因編~

      2017.02.08 Wednesday 06:43
      0

        私という教師は、自分の範疇で子どもを育てようとする傾向があるなぁ、と感じています。

        その結果、自分を超える子どもは育っていかないのでは?と思うことが度々あります。

        それでは、子どもたちが未来の社会を支えていくことはおろか、目まぐるしく変化していく社会に子どもたち自身がついていくことはできません。

        さらには、自分たち自身の生活もままならない可能性だって往々にしてあります。





        では、なぜ自分を超える子どもが育たないのでしょうか。

        その原因を、思いついた順に三つ書きます。

        (1)自分が想定する子ども像が曖昧であるから。

        自身の思い描く子ども像が抽象的であり、実際の教育現場において具体性に欠けているときがあります。
        例えば「よりよく学び、なかよくする子」について考えましょう。
        「学ぶ」とは、「よりよく」とは、「なかよくする」とは具体的にどのような子どもの姿を想定しているのでしょうか。
        ここを具体的に捉えているか否か。
        そのせいで、実際の場面に遭遇した際にどの姿が想定内で、どの姿が想定外なのか、教師自身が判断し、行動できていないのでしょう。

        (2)目の前の子どもが自分の想定する子ども像を超えた際に、適切な対応ができていないから。

        自身の考えてきた授業の中で、突拍子もないことを言う子どもが出てきます。
        そういう場面はだいたい授業の終盤で、ここで流れが滞ると時間内に終わらなくなってしまうので、程々に取り上げる程度にしてしまう、下手すると「じゃ、その話はあとで聞くね」と後回しにしてしまうことが時々ありました。
        そういったことを重ねてしまうと、子どもたちは、教師の考える範囲内でしか発言しなくなります。

        (3)教師自身が子どもたちの多様性を許容していないから。

        これは意識無意識関係なく、日々の教科指導、生活指導の中で滲み出てしまうものです。
        口では「みんなちがって みんないい」と言っていたとしても、日常的に「ほうきの掃き方はこうでないといけない」「あいさつは必ずしましょう」と、子どもたちを方法で縛ってはいないでしょうか?
        方法を強いると、それに順応できる子どもはいいですが、そうでない子どもは苦痛です。

        このように、原因は教師自身のみにあると考えています。

        では、どうすればいいのでしょうか。

        この先は、次回の日記に書くことにします。


        PR
        Calender
         123456
        78910111213
        14151617181920
        21222324252627
        28293031   
        << July 2019 >>
        Selected entry
        Category
        Archives
        Recent comment
        Link
        Profile
        Search
        Others
        Mobile
        qrcode
        Powered
        無料ブログ作成サービス JUGEM